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RPGとストーリー(その2)

「ゲーム本体が面白くなくとも,付録のストーリーが面白ければ,全体として面白いゲームになる」

仮にこの定理(?)が正しいとすれば,RPGを製作する上で,保険の意味でストーリーを付けるのは正しいことだ。

但し,

「ゲーム本体が面白くとも,付録のストーリーが退屈なら,全体として退屈なゲームになる」

という逆定理が成立するならば,ストーリーを付けることは諸刃の剣となってしまう。


しかし,個人的には,逆定理は成立しないような気がする。

もちろん,プレイヤーがゲーム本体に向かっている時間よりも,ストーリーを観覧している時間が長いような,ストーリーが主体でゲームがオマケになっているようなモノであれば別だが………

雰囲気ぶちこわしという事態は想定しうるが。


だから,RPGにはストーリーは付けられるなら付けた方が良いと思う。

ただ,付け方は色々と考えなければならない。



RPGにおけるストーリー展開の方法論として,よく議論されるのは,主人公キャラに台詞をしゃべらせるか,しゃべらせないかである。

しゃべらせるRPGの典型例として近年の「ファイナルファンタジー」,しゃべらせないRPGの典型例として「ドラゴンクエスト」が挙げられることが多い。

この論点は,プレイヤーが主人公キャラに感情移入できるかどうかという視座で論じられる(と少なくとも私は理解している)。

しかし,意味がある論点なのだろうか。

両方とも,主人公キャラの体験としてストーリーが展開していくのであれば,どの手法を採ろうとも,さほど影響は無いのではなかろうか。

しゃべらないキャラクターの方が感情移入しやすいという意見も多いが,そこでの「感情移入」という言葉は昔から小説や映画の世界で使われる「感情移入」とは全く別の意味で使われてはいないだろうか。

小説や映画の世界でも,読者・視聴者が,物語の主人公に感情移入することがある。その場合,読者・視聴者と小説や映画の主人公の境遇が似ているとか考え方が似ているから「感情移入」が起こるということもあるだろうが,そうでない場合も多いのではないか。

自分と主人公との近似性のみを主眼とすれば,女性は女性が主人公の物語でしか感情移入できないし,中年は中年が主人公の物語でしか感情移入できない,現実世界の人間はファンタジー的な物語の主人公には感情移入できないということになりそうだが,実際はそうではないだろう。

主人公が格好いい,今まで自分は気付かなかったが大事なことを気付かせてくれるような思考をしている又は台詞を言っている,その主人公のように自分もなりたい,そういう理由でも「感情移入」は発生する。

むしろ個人的には近似性ではなく,憧憬による「感情移入」の方が主流だという気がしてならない。


しゃべらないタイプのRPGの主人公キャラは,悪く言えば,虚ろな主人公である。憧憬など生まれようがないし,虚ろな人間など存在しないので近似性も無い。

「感情移入」など生まれようがないではないか。


それでも,主人公キャラがしゃべらないタイプのRPGの方が良いという意見がある。実は私個人もこのタイプのRPGの方が好きだ。

このタイプのRPGを好むというのは,そのタイプのRPGの方が「感情移入」しやすいからでは無いと思う。

主人公キャラを自分にしてくれ,自分をゲームの世界にそのまま放り込んでくれ,という一種の現実逃避的な側面があるのではなかろうか。

ゲームに自分がやりたい選択肢が出てこないという,愚にもつかない不平が出されることがあるが(どうして王様の命令で魔王を倒さねばならぬのだ,王様を倒して魔王と協力することはできないのか等々),それは主人公キャラが自分そのものという認識によって出てくるものだ。

しかし,それはもうRPGではない。

テーブルトークRPGは,プレイヤーがキャラクターを「演じる」必要があって,決してプレイヤーが自分の好きなようにやって良いものではない(キャラ設定を自分自身にしない限りだが)。

自分が好きなようにやってみて,その世界での反応を楽しむというのは,むしろシミュレーション・ゲームの領域のはずだ。

前にコンピュータRPGにおける「役割」とは「演じる」ものではなく「使う」ものだという旨の記事を書いた(コンピュータRPGにおける「役割(role)」について考える)。

だが少し考えを改めた。

コンピュータRPGにおける「役割」は,ストーリーの付け方によっては,強制的に「演じさせられる」ものだ。

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テーマ:ゲーム製作 関連 - ジャンル:ゲーム

  1. 2009/07/23(木) 23:27:32|
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